【実証実験インタビュー】株式会社空間コンピューティング研究所

実施主体
株式会社空間コンピューティング研究所
実証実験内容
AR案内サービスの有効性検証
屋外環境における一般来園者(BtoC)のARアプリ受容性と、行動変容の検証
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大阪産業局が実施する「IoT・ロボットビジネス実証実験支援プログラム」の一環として、2025年12月26日(金)から2026年1月30日(金)にかけて、天王寺動物園(大阪市天王寺区)にて実証実験が行われました。
テーマは、「屋外環境における一般来園者(BtoC)のARアプリ受容性と、行動変容の検証」。
実施したのは、台湾発の技術チームを擁する株式会社空間コンピューティング研究所です。同社が開発する次世代ARサービス「3.5次元 GuideBot」は、既存のGPSに頼らない高精度な位置特定技術を武器に、私たちが見える景色を変えるものになるのか? ATC(大阪市住之江区)での先行実験に続き、新たなフィールドで得られた知見と今後の展望について、共同代表の逆井 正幸氏にお話を伺いました。
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ゲーム開発の技術で、現実空間を「3.5次元」へ拡張する。
自社開発VPSが拓く、観光・エンタメ・産業ガイドの新たな可能性
台湾発の技術チームと共に。「AIの次はARが来る」という確信
■ まずは、御社の成り立ちと事業の背景についてお聞かせください。
私たちの母体は台湾に本社を置くAR技術の開発企業です。創業メンバーである台湾出身のクラウドとジェリーは、もともとゲーム開発会社の人間です。3DCGやゲーミング技術のエキスパートである彼らが、将来的にARスマートグラスが主流になり、スマートフォンの用途の多くを代替すると予測し、2020年頃から、研究開発を進めていたのが始まりとなります。
私はもともと台湾企業の日本進出支援を行っており、彼らの技術力の高さと「この技術を日本市場で展開したい」という熱意に触れ、2024年6月に日本法人として株式会社空間コンピューティング研究所を設立しました。現在は、台湾側で技術開発を行い、日本側でその実装とビジネス展開を行う体制をとっています。

GPSでは不可能な精度を実現する、自社開発「VPS」の強み
■ 今回の実証実験の核となったアプリ「3.5次元 GuideBot」について教えてください。
私たちが開発している「3.5次元 GuideBot」は、自社開発の「VPS(Visual Positioning System)」という技術を採用している点が最大の特徴です。
一般的に普及しているGPS(位置情報)だけでは、どうしても数メートルの誤差が生じてしまいます。しかし、私たちが開発したVPSは、スマートフォンのカメラで周囲の映像を認識し、スキャンした空間データと照合することで、位置を特定します。これにより、数センチ単位での正確な位置特定が可能となるんです。
■ 数メートルと数センチ、その差は体験にどう影響するのでしょうか?
例えば、「ピンポイントな場所にキャラクターを登場させたい」と思った時、GPSベースでは位置がズレてしまい、キャラクターが空中に浮いたり、壁に埋まったりしてしまいます。しかし、私たちのVPS技術を使えば、現実空間の特定の場所に、デジタルコンテンツをカチッと固定して表示させることが可能です。
私たちはこの体験を「3.5次元」と呼んでいます。3次元の現実空間に、デジタル情報という「0.5次元」を加えることで、空間の価値そのものを拡張していくというコンセプトです。
■ 今回の天王寺動物園での実験内容について具体的に教えてください。
2025年12月26日から約1ヶ月間、園内の「トラ舎」周辺を対象エリアとして実施しました。
特定のポイントでスマートフォンをかざすと、空間上に「トラのアバター」や「トラ(ショウヘイくん)が遊んでいる実写映像」、「動物園のクラウドファンディングの案内バナー」などが表示される仕組みです。
単に映像が出るだけでなく、画面内のトラのアバターをタップすると立ち上がったり、多言語(日・英・中)でガイドを話したりといったインタラクティブな仕掛けも用意しました。


■ 今回の実験では、どのような指標を検証されたのでしょうか?
大きく分けて「ユーザビリティ・技術検証」と「事業性検証」の2軸で検証を行っています。
技術面では、直射日光下での画面視認性や、樹木などの遮蔽物がある環境下でのVPS精度の確認。そして何より、一般の来園者がスタッフのサポートなしに「アプリダウンロードからAR体験までを完遂できるか」というUI/UXの検証です。
事業面では、ダウンロード数や利用属性に加え、アプリ上の案内を見て実際にイベントへ足を運んだか、チェックイン機能を使ってSNS拡散をしたかといった「行動変容」への効果測定を行いました。
■ おおよそ1ヶ月の実験期間を経て、どのような結果が得られましたか?
まず数字の面で申し上げますと、アプリのダウンロード数は正直なところ当初の想定よりも少ない結果となりました。
最大の課題として浮き彫りになったのは、「アプリを利用開始するまでのハードルの高さ」です。動物園には小さなお子様連れのご家族が多く、子供の世話をしながらQRコードを読み込み、アプリをダウンロードするという手順は、心理的にも作業的にも大きな負担になっていると感じました。その結果、多くのユーザーが、ダウンロードの途中で離脱してしまう傾向が見られています。

■ コンテンツの魅力と手間のバランスが難しいですね。
そうですね。その点では、興味深い比較データがあります。以前、東京・原宿の施設で実施した「人気アニメとのコラボレーションしたイベント」では、2週間で約3,000人の方にご利用いただきました。
この対比から見えてきたのは、「コンテンツの求心力」の重要性です。「その場所で、そのキャラクターに会いたい」という強い動機があれば、ユーザーは手間を惜しまずにダウンロードしてくれます。不特定多数に向けたガイド利用においては、いかに導入を簡素化し、かつ「見たい」と思わせる強いフックを用意できるかが鍵であると痛感しました。今回に関していえば、目の前に本物のトラ(ショウヘイくん)がいるので、わざわざARで見なくても…と考えるお客さんも多かったと思われます。
走りながら改善する。実証期間中のUI/UXアップデート
■ 実証実験期間中に、アプリの改善も行われたと伺いました。
はい。実験初期のログデータや現場の声から、操作画面の複雑さが離脱の一因になっていることが判明しました。
そこで、実証実験期間中ではありましたが、台湾の開発チームと連携して急遽UIの改修を行いました。ボタン配置をシンプルにし、ダウンロード後の操作説明を分かりやすくするなど、ユーザーの声を即座にプロダクトへ反映させました。
今回の実験で得たフィードバックを、リアルタイムで開発に還元できるアジャイルな体制は、私たちの強みでもありますし、今後の開発においても続けていきたい部分でもあります。
■ 取材中、開発中のデモを見せていただきましたが、VTuber(バーチャルYouTuber)が現実空間でガイドをしていましたね。
はい、実は今もっとも力を入れている展開の一つが、VTuberさんとの連携です。 VTuberの方々は、すでに非常にクオリティの高い「3Dモデル」という資産をお持ちです。その3Dモデルを私たちのARアプリに組み込めば、コストをかけて新規にCGを作らずとも、魅力的な「バーチャルガイド」を即座に誕生させることができます。
■ 確かに、ただの音声ガイドよりも、キャラクターが目の前で喋ってくれと親近感が湧きます。
そうなんです。例えば、大手インフラ企業の「公認VTuber」が、実際の施設内で設備の案内をしたり、注意喚起を行ったりする。そんな提案も進めています。それに、私たちのアプリは、ユーザーのスマートフォンの設定言語に合わせて、自動的にガイド音声や字幕を切り替える多言語対応機能も持っています。英語圏の方のスマホなら英語で、中国語圏の方なら中国語で、VTuberが目の前で挨拶し、ガイドをしてくれる。これにより、人手不足に悩む観光地や施設において、エンタメ性の高い多言語対応コンシェルジュとして活躍できると考えています。
今後の展開は産業用途への応用と、空間体験の未来を見据えて
■ 今回の知見を活かし、今後はどのような展開を考えていらっしゃいますか?
大きく二つの方向性を考えています。一つは「エンタメ・プロモーション」分野です。
アニメやIPを活用し、現実空間に実物大のキャラクターやロボットを出現させるようなイベント企画です。物理的な巨大造形物を作るコストや廃棄の問題を解決しつつ、ARならではの迫力ある体験を提供できます。
もう一つは、「産業用ガイドツール」としての展開です。
現在、ある大手電機メーカー様の工場見学において導入が決まっています。工場見学では「案内スタッフの人手不足」や「多言語対応」が課題ですが、私たちのARガイドを使えば、見学者が自分のペースで、母国語の解説を聞きながら回ることが可能です。
■ 最後に、空間コンピューティング研究所が目指す未来について教えてください。
将来的には、スマートフォンの画面越しだけでなく、スマートグラスのようなウェアラブルデバイスへの対応を見据えています。「その場所に行けば、自然と情報が見える」。そんな、より没入感の高い空間体験の創出を目指しています。
今回の実証実験で見えた課題に向き合いながら、既存のアプリに私たちのAR機能を組み込めるSDK(Software Development Kit:ソフトウェア開発キット)の提供も近日中に開始予定です。あらゆる場所が「3.5次元」の情報で彩られる世界を目指して、これからもサービスのブラッシュアップを続けていきます。
取材・文 中西 義富(Office Vinculo)

